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不思議な偶然

 投稿者:もも  投稿日:2018年10月21日(日)10時51分40秒
  「たましいの救い」の本を手に取りました。
一度読んでそのままにしてあった本です。

第二章 心の強さ 27ページに「自分を許す」という言葉が書いてありますよと こすずさんから教えていただきました。

手にとって、しおりを挟んでいたので、そのページを見ると、なんと!
23ページで、第二章 心の強さ のページでした。

あら、不思議。

この本を読むときには、このページが該当するんだよという感じでしおりがはさんでありました。
今の私に必要なのは「心の強さ」のページをじっくり、丁寧に読むことにしました。

「自分を許す」ということもなんとなくぼんやりとわかりかけてきたような・・・気がします。

どんな自分も自分なんだ!


小魚さんも「たましいの救い」、読み直しされるのですね。私も読み直しています。
いろいろなヒントが書いてある。
やっぱり師の本はいいですね。

ときどき、師のことに思いを馳せると泣けてくることがあります。なんでだろう?
(小さい子がお父さーーーんって駆け寄っていくような感じ。不思議な感覚になります。)

 
 

なるほど

 投稿者:小魚  投稿日:2018年10月20日(土)01時01分59秒
編集済
  こすずさんの書き込みで「たましいの救い」を久しぶりに開いてみました。

なるほど「自分を許す」ことについての記述ありますね。

「心が崩れそうなとき」「悔しいとき」「弱いとき」「強いとき」・・・
もくじを読んでいたらまた読みたくなったので私も読み返すことにしました。

霊的進歩に心の成長は無関係だとわかっていても、やっぱり日々の心の動きには悩まされます。
この本は霊的側面からの詳細も載っているのでとてもありがたいです。
 

心のこと

 投稿者:こすず  投稿日:2018年10月18日(木)00時38分19秒
  ももさん、「自分を許す事」という言葉は、『たましいの救い』の第二章心の強さの27ページに出てきます。
ちゃんと書くべきでしたね、失礼しました。
私はこの本の第1章から第3章を読んだ時、そんなに深く学んだわけではないのですが心理学や仏教哲学の心についての説明よりよっぽどわかりやすい!と思って感動して、心についてもこんなに詳しく説明してくれる霊魂学はやっぱりすごいと思いました。
私も「自分を許す事」が具体的によくわからないのですが、私の場合日常生活でイライラすることが多くてそのイライラしてしまう自分を情けなく思ったりするので、そういう自分を許してあげればいいのかなという感じです。
つまりいい意味での開き直り??
 

自分を許す・・・

 投稿者:もも  投稿日:2018年10月17日(水)12時17分21秒
  私は「自分を許す」ということがどういうことなのかがわからず、先輩方に聞いてました。

苦しい状態での対策として、自分を許すこと。
「自分を許す」ってどうやればいいんだろう???
(まさしく頭の中が「???」でいっぱいとなりました。)

こすずさんが「たましいの救い」に自分を許すという言葉が載っていることを教えてくださっているので、もう一度「たましいの救い」を読み直してみます。
私が読み飛ばしている「大事なこと」と出合えるかも・・・と期待しつつ。

今は自分なりに、「あっ、こんなことができたから良しとしよう」とか、「以前と比べると少しだけ抑えられるようになったからよかったんだ。」と思うように心がけています。
(大爆発はマシになりました。中爆発はあるけど(苦笑)。)


 

自分を許す事

 投稿者:こすず  投稿日:2018年10月17日(水)00時16分26秒
  「自分を許す事」という言葉は、『たましいの救い』の本を読んだ時に初めて知りました。
それまで自分にとってマイナスと思う感情に対して、心の持ち方を変えないといけないとか愛や感謝の心を持つことが大事ということしか聞いたことがなかったので、「自分を許す事」は何だかとても新鮮で深いなと思って感動しました。
でも最近、家族と些細なことでケンカをしてしまって後で落ち込んで、霊的修行をしているのに相変わらず心が狭い自分が許せないし、霊的な成長を求める自分と現実の未熟な自分とのギャップが苦しかったりしました。
小魚さんが言われるように、前に進むために「自分を許す事」は、思っている以上に大切なことなのかもしれないなと思います。
 

人は自由なんだから

 投稿者:えんしろう  投稿日:2018年10月12日(金)21時21分3秒
  そうですね

ひとは、霊の存在であれども、幽の身あり、肉体の存在です。
そして、肉体がすべての権限をもってます。

他人に迷惑をかけない限りは、どう生きたって、人は自由なんだから

どんな肉体の欲求でも、まず、それが自分自身だって
認めて受けいれてあげたいものですね

そう思えれば、ただ肉体の意識だけに悩まされ続けるだけでなく、
いつの日か、肉も幽も手を取って生きることもできるのかもしません。
 

しつこく登場

 投稿者:小魚  投稿日:2018年10月12日(金)21時00分48秒
  連投すみません。

肉体を持った人間が生きていくためには、食べて行かなければならなくて、そのために生きていれば人に迷惑を掛けたりするし、誰かを傷つけていたりもするし、ある程度自分の欲を満たさなければしんどいばかりですよね。

修行者になって行法を始めると、霊的に高級な意識がどんどん出てくるので、そういったことに罪を感じてしまったりするのではないかと思うのです。
もっと霊的に向上したいのに、肉体の欲やストレスがジャマをする、という感じですかね?
もちろんカルマからくる苦悩もあると思うのですが。

でも肉体を持って霊的に向上しながら生きているからこそ出来ることはとても大きいので、結局生きている限りずっと苦しいのだけど、そんな肉の自分を許しながらでないと前へ進めなくなるのではないかと思うのです。
 

訂正

 投稿者:小魚  投稿日:2018年10月11日(木)20時17分48秒
  何だか変だなと思うので訂正。
修行者は皆ずっと成長期なのでした。
 

大丈夫ですよ

 投稿者:小魚  投稿日:2018年10月11日(木)16時24分50秒
  ももさんが熱心だからなのか、そういう展開早いなあと私にしてみれば驚きです。

物質世界の人間は園児だと考えると、そう悩むももさんは霊的には「成長期」のようだと思うのです。
がんばれ~





 

罪を作ってばっかりかも

 投稿者:もも  投稿日:2018年10月10日(水)14時40分33秒
  表面意識が騒いで騒いで仕方なかった。
私の幽体はそのような騒ぐ表面意識をどのように見ているのだろう?
(肉の脳で考えても、まったくわからないけど。)

表面意識が騒ぐと、感情を抑えられずに爆発してしまう。
こんな爆発をしていると、罪を作ってばっかりだ・・・と自己嫌悪になる。

表面意識が騒いだ時に、「こうやると騒ぐのがマシになるよ」という対処方法を早く身に付けたいと思う私です。

先輩方も通られた道を、私も一歩ずつ一歩ずつ進んで行ってるのかしら。。。
 

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